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損得勘定をしないんじゃなくて、その土俵に立っていないだけ

文:
損得勘定をしないんじゃなくて、その土俵に立っていないだけ

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GIVE & TAKE』(アダム・グラント)に、こんな一節があります。「ギバーは『記録』より『記憶』を重んじる。恩恵とは『思いがけず来るもの』であり、事前に期待したり損得勘定するものではない」。

私はふだん、ちょっとした修正くらいなら無料でやってしまうことが多いです。だからこの一節は、自分のことを言われているようでもあり——でも、いざ当てはめてみると、少しズレる感じもしました。今日は、そのズレの話です。

「後で返ってくるから」では動いていない。でも、忘れてもいない

正直に言うと、無料で何かをやるとき、損得をまったく忘れているわけではありません。「これは、いつか返ってくるかもしれないな」という考えが頭にまったく浮かばないかというと、そんなことはないです。

ただ、「後で見返りがあるからやる」というのを意識して動いているかというと、それは違います。仮に、これは絶対に見返りがないと分かっていたとしても、その時に自分が「これはやるべきだ」と感じれば、たぶんやると思います。動かしているのは、見返りの計算ではなく、その場の「やるべきかどうか」のほうなんです。

そもそも「与えている」感覚がない

では、その「やるべきだ」は何から来ているのか。改めて考えてみると、案件の中では、けっこう単純な理由でした。今これをやらないと事業としてマイナスが出続けるとか、ユーザーからクレームが来ていてすぐに対応しないといけないとか。切実な必要があるから、やる。そういう場面が、案件の中ではほとんどです。

案件の外で、誰かの相談に乗ることもあります。ただ、こちらについて言うと、自分の感覚としては「何かを与えている」というより、ただ雑談として話しているだけ、に近いんです。相談に乗ってあげている、という意識が、正直あまりありません。

損得勘定をしないというより、その土俵に立っていない

ここまで書いてみて、自分でしっくりくる言い方が見つかりました。私は「損得勘定をしないギバー」というより、そもそも損得を勘定する土俵に、あまり立っていないのかもしれません。

与えているつもりがないから、記録も残らないし、見返りを期待するもしないもない。ただ、目の前に「今やるべきこと」があるか、あるいは、ただ話しているだけか。それだけなのだと思います。立派な心がけというわけではなくて、たぶん、これが自分にとって一番自然なだけなんですよね。

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