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考えごと

「貧乏人に見せる花火はない」と怒る前に、考えてほしいこと

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「貧乏人に見せる花火はない」と怒る前に、考えてほしいこと

この夏、びわ湖大花火大会の「目隠しフェンス」が、またずいぶん話題になっていました。有料席のまわりを高さ4メートルのフェンスで囲って、外からは花火がほとんど見えないようにしている。それに対して、「貧乏人に見せる花火はないのかよ」と怒っている人たちがいる、という話です。

正直に言うと、僕はこの件について、怒っている人たちのほうに違和感があります。というより、あれを「格差だ」「排除だ」としか受け取れない人がこれだけいることに、少し憂いのような気持ちを持っています。少し落ち着いて考えれば、話はだいぶ違って見えるはずなんです。

あれは「格差」じゃなく、「安全対策」だと思う

まず事実を整理します。あのフェンス、実は最近できたものではなくて、2017年から設置されているそうです。もともとは混雑を区分けするためのもので、2023年に上半分へ遮光幕が加わって視界が完全に遮られたことで、今のように物議をかもすようになった、という経緯でした。

そして実行委員会が挙げている設置の理由は、あくまで混雑と安全の対策です。道路に人があふれて民家やマンションに勝手に入り込むのを防ぐこと。けが人や熱中症の人が出たときに、救急車がちゃんと通れるようにすること。何十万人が押し寄せる会場で、人の流れをコントロールできなければ、本当に人が死にます。

お金の面も無視できません。びわ湖大花火大会は総経費が約3億円で、その8割以上をチケット収入でまかなっているそうです。有料席の価値を守れなければ、大会そのものが成り立たない。フェンスには、そういう現実的な意味もあります。

ついでに言っておくと、「貧乏人に見せる花火はない」というのは、運営がそう言ったわけではありません。ネットで面白おかしく切り取られた言葉です。ここを混同したまま怒っている人が、けっこう多い気がします。

僕自身、有料席でしか見なくなった

僕は最近、花火大会は有料席でしか見ません。理由はシンプルで、子どもと一緒に行くからです。

せっかく連れて行ったのに、人混みに埋もれて全然見えなかった、どこに行けばきれいに見えるのかも分からない——そういう思いを、子どもにさせたくない。ちゃんとお金を払って、確実に見える場所で、安心して見せてあげたい。それだけです。

それと、有料席を使うようになって気づいたことがあります。無料で見られるエリアと、まわりの様子がかなり違うんです。無料のエリアでは、お酒を飲んで騒いでいる人がいたり、ゴミがそのへんに放置されていたり、場所取りでもめていたり、ということが実際に起きています。

これは誰かを見下したくて言っているのではなくて、あの現場を実際に見ていれば、「ああ、だからフェンスや区分けが要るんだな」と素直に納得できる、という話です。混雑と、荒れやすい場所と、救急の動線。あれを安全対策だと考えるのは、そんなに難しいことでしょうか。

怒っている人は、たぶん視座が低い

じゃあ、なぜ多くの人が、あれを「安全対策」ではなく「貧乏人を締め出す格差」として受け取ってしまうのか。

結局のところ、視座が低いんじゃないかな、と思っています。冷たい言い方かもしれませんが。

自分がタダで楽しむこと。頭にあるのはそれだけで、それがフェンスによって邪魔された。だから怒る。少し引いて、運営がなぜそうしているのか、あの人混みで何を守ろうとしているのかを考えれば、答えは見えてくるはずなんです。でも、そこまで想像が及ばない。自分の目線から一歩も動かないまま、「見せろ」と言っている。

これは、お金があるかないかの問題じゃありません。高い席を買えるかどうかの話ではなくて、目の前のことを自分の都合だけで見るか、少し引いて全体を見られるか、という視座の問題だと思います。

タダで見られなくなったのは、突き詰めれば自分たちのせい

もう一つ、これはいちばん言いたいことなのですが——タダで花火が見られなくなったのは、突き詰めれば、タダで見ていた側の振る舞いの結果だと思うんです。

本来、タダで大きな花火を見られるというのは、かなり恵まれたことです。その幸運にちゃんと感謝と敬意があって、ゴミは持ち帰る、まわりに気を配る、騒ぎすぎない——それだけのことができていれば、運営だってわざわざ何千万円もかけてフェンスで囲おうなんて思わなかったはずです。

荒れるから、区切る。危ないから、囲う。フェンスは、そういう積み重ねの帰結として立っています。感謝も配慮もないままタダ見を続けた結果、自分たちで自分たちの居場所を狭めてしまった。そう考えると、これはかなり分かりやすい自業自得です。ここは、多少冷たく聞こえてもそう書いておきたい。

昔ながらの、河原にレジャーシートを敷いてタダで見上げた花火。ああいうものが少しずつ減っていくのは、僕だって寂しいです。でも、その寂しさの原因を「金持ちが貧乏人を締め出した」ことに求めるのは、たぶん筋が違う。原因はもっと手前の、タダで見られる幸運への敬意を、みんなで少しずつ失っていったことのほうにある気がします。

フェンスは、その帰結として、静かにそこに立っているだけなんじゃないでしょうか。

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