資格でもスキルシートでもなく、「解像度」で人を見る理由

「これをやって売上10億円上げました」と言われるより、「その中でどういうことがあったのかを、どれだけ解像度高く話せるか」の方がずっと重要——前回の記事の最後に、少しだけそんな話をしました。今回は、この「解像度」という物差しについて、もう少し掘り下げてみようと思います。
なぜ「解像度」なのか——統計を勉強しても、それは測れなかった
前回書いた通り、統計検定の参考書まで読み込んで臨んだ仕事でしたが、実務ではほとんど役に立ちませんでした。役に立ったのは、専門的な話を相手のレベルに合わせて翻訳する力のほうでした。
知識のインプット量は、紙の上では測れます。資格やスキルシートに書けるのも、たいていこの手の知識です。ただ、それが実際の場面でどう使われたか、どんな判断につながったかは、資格の欄には書かれていません。「資格を持っています」「この言語を書けます」というだけでは、目の前の仕事にその知識をどう届けたかまでは分からない、というのがこの経験からの実感です。
これは、資格や勉強そのものを否定したいわけではありません。ただ、資格やスキルシートに書ける情報だけを見て「この人はできそうだ」と判断するのは、本当は判断材料としてかなり心もとないものなんじゃないか、という話です。書ける情報と、実際に仕事で発揮される力は、思っているよりズレることがあります。
ベンダー選びは結局「ガチャ」。だからこそ最初の会話がすべて
以前、見積もりについての記事で書いたことがあるのですが、信頼できるベンダーを探すのは、結局のところガチャのようなところがあります。一緒に仕事をしてみないと、本当のところは分からない。
ただ、ガチャだからといって、何も見ずに引くわけにはいきません。契約前にできる数少ない確認のひとつが、会話の中でどれだけ具体的に、実体験として語れるかだと思っています。
「これくらいの規模の案件をやりました」で終わる人と、「その案件ではこういう場面があって、こう判断しました」まで話せる人とでは、実際に手を動かしてもらったときの安心感がまったく違います。後者は、少なくとも自分の頭で考えて動いた経験がある、ということの証明になっているからです。
解像度の高い話し方は、ごまかしようがないというのもあります。実際にやっていなければ、細部までは語れません。逆に言うと、実績の大きさを強調する話し方をする人ほど、こちらから「その中で具体的にはどんなことがありましたか」と聞いてみる価値があります。答えに詰まるようなら、それがひとつの判断材料になります。
自分自身も、資格ではなく"解像度"で採用された
振り返ると、自分自身、この基準の恩恵を受けて今の仕事に就いた側の人間です。前職の面接では、大学も出ていないし、統計の知識もない状態でした。それでも「データ分析ができるエンジニアが欲しい」という面接で、採用してもらえました。
あのとき見られていたのは、たぶん資格やスキルシートの中身ではなく、課題感や興味をどれだけ自分の言葉で話せるか、だったんだろうと思います。人を評価する側になった今も、あのときの面接官がしていたことと、たぶん同じことをしているんだろうなと思います。
資格やスキルシートは、あくまで入り口の目安でしかありません。本当に見るべきものは、その先の「実際にどう動いたか」を、どれだけ解像度高く語れるか。これは、採用でも発注でも、たぶん変わらない基準なんだろうと思っています。
ただ、これは相手だけの責任ではないとも思っています。場合によっては、本人自身それが強みだと気づいていなかったり、スキルシートにはあえて書きづらいことだったりもするはずです。だとすれば、評価する側にも「聞き出すスキル」が必要なんだろうと思います。書かれていないことを、会話の中でどう引き出すか。見る側にも、その解像度が求められている気がしています。



